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不要不急とは誰にとってのものか

緊急事態宣言が解除され、一度は沈静化を見せた感染者数も再び増加し、再発令を望む声が国民の間で高まりつつあります。感染拡大の防止と社会経済活動の活性化を両立する―という極めて困難なミッションに国を挙げて取り組まなければなりません。

私は今月に入り、引きこもり優先の生活から徐々に活動範囲を広げています。例えば、17日には新宿歌舞伎町のライブハウスで5ヶ月半ぶりに生音を聞きました。また、22日~24日の丸3日間、仙台に滞在し、松島や山寺に足を延ばしました。

こうやって書くと、「音楽や旅行は不要不急のはずなのに、お前はけしからん‼」という、いわゆる“自粛警察”がやって来そうで怖いです…(汗)

と思うことは、申し訳ありませんが、全くないです(この投稿は当組合の総意ではなく、私個人の見解なので悪しからず)。不要不急とは文字どおり「必要でもなく、急ぎでもない」という意味で、要は「行かなければならない訳でもなく、急ぎでもない用事」のことです。この条件に該当する場合には外出を自粛すべきであるのは、もちろん理解できます。

しかし、その不要不急の判断は、誰が誰の行為に対し行うのでしょうか?

緊急事態宣言下で営業を続けていたパチンコ店を、私は腹立たしく思っていました。それは、「違法賭博である」とコロナ禍前から確信しているパチンコが白昼堂々と行われていたからです。その一方で、法律や倫理、社会的福祉に反しない限り、どのような仕事も自由に行う権利が人間には認められなくてはなりません。その自由を奪うのであれば、しっかりとした経済的サポート“休業補償”がなされるべきです。

そして、「社会的福祉に反しない」とはいかなる状態なのか―が見解の分かれるところになるでしょう。感染対策が十分になされていれば足りており、それ以上の責任を社会的に追及するのは明白な「職業差別」である―と私は考えています。

あなたにとって、ミュージシャンのライブ活動、スポーツ選手の試合、ホストやキャバ嬢の接待等が「不要不急」な仕事に見えたとしても、その方たちにとっては(急ぎではないが)生活する上で「必要」な仕事であるかもしれません。

私はミュージシャンでもないし、観光従事者でもありません。ライブ参戦や旅行は、生活に潤いをもたらす大切な趣味ではあります。しかし、同時に、私にとって音楽業界は経営コンサルタントとしての研究対象の一つであり、観光地は通訳ガイドとしての大切なフィールドです。

コロナ禍で悪名高くなってしまった歌舞伎町にあるライブハウスの観戦対策は、とりわけ厳重でした。

  1. 事前に住所、氏名、連絡先を登録させられる
  2. 収容人数は通常の25%以下に抑え、代わりに同日の公演回数を増やす
  3. 当日には身分証明書を提示し、登録情報との照合がなされ、検温とマスク着用、手の消毒が義務付けられる
  4. ライブ中には、テープで60cm四方に区切られた範囲を動かないこと、ヘドバンと拍手はOKだが(マスク越しでも)発声しないことが要求される
  5. アーティストもマスクないしフェイスシールドを着用する
  6. ライブの途中で、換気を行うため演奏が中断される(バイオリニストによるBGM的演奏を除く)

一般企業のオフィスや図書館、街中のラーメン屋等で行われているコロナ対策とは比較にならない厳しさです。観客だけでなく、アーティストやライブハウスにとっても。中止や延期よりも、たとえ赤字になってでも人前でパフォーマンスをしたいのがアーティストです。盛り上がりに欠けたとしても、私にとって忘れることのできない9曲の演奏でした。おっかなびっくりでも「夜の街」に行って良かったと心から思っています。

人は自分の関心のない職業に対して、非常事態においては恐ろしいほど冷酷な言動をしがちである―と感じながら生活しています。私の関心のある業界がいわゆる「不要不急」に分類され、心ない批判にさらされることが多いので、なおさらそう感じます。不要不急の判断は当事者が行うべきであって、第三者が行うものでは決してない―自分にとっての戒めにしていく所存です。

有限責任事業組合 iTWS japan
Webサイト運営責任者 高野 雄希

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